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2017年4月に大阪国際がんセンターがOPEN!

大阪府立成人病センターで、久しぶりの診察でした。最近後遺症の範囲が狭まった代わりにり、回復で敏感になったせいか、痛みやこわばりは強く感じていて、他の疲れがあったりする日は辛い。だけど、これは通常のことなので、診察室ではとりたてて言わないことが多く、「どうですか、変わりないですか?」「ハイ、特に変わりないです。」というやり取りをしてしまいます。頚部のリンパ節の腫れ具合もあまり変わらないのですが、必ず触診されます。そして、ファイバーで鼻の内部を見てもらいます。自分では見れないし、入院中に(まだ治療を始めたばかりの頃)、副主治医のU先生に「見られますか?」と聞いてもらったけど、チラと見ただけで、恐ろしくて「いえ、いいです。」と答えてしまった。いつも通り、会計をして帰るときに、ふと総合カウンターの方に、移転するんですよねと聞いてみました。そしたら、「建物は、もう出来てるんですよ。あと準備だけ!」となんだか嬉しそうな感じで、模型の置いてある場所を教えてもらいました(玄関と入院予約窓口の間)。チラシももらったので、できているなら帰り道だし、途中下車して見てみようと、寄り道しました。オオ!本当に建物は出来ている。各病室に自然光を取り入れるためか、ナースセンターから多数の病室を見通すためか、十字型を斜めに二つ並べたような、複雑な形になってます。2016年11月竣工、2017年4月開院予定。

新しく、新鮮な感じで「さあ病気をやっつけるぞ!」という気持ちになれそうです。なにしろ今の建物に初めて行ったときは、暗い感じにもショックを受けました。その後10年の間には、少しずつ改装されて、ああ営繕担当の方は頑張っておられるなあと思いましたが、全体の印象は「古びたグレー」から「ちょっと明るい目のグレー」に変わっただけ。

もう一回、旧い病院で診察予定ですが、2017年4月以降は新病院です。

航空写真

大阪国際がんセンターは大阪城天守閣が見える位置!

(これは入院患者には慰めになるね!)

断面図

大阪国際がんセンター断面図

新病院

大阪国際がんセンター北側外観

(設計:日本設計・施工:竹中工務店)

重粒子

大阪城公園側に、重粒子治療施設を建設中です(2018年竣工予定)

(設計:日建設計・施工:鹿島)

写真を撮ったりしていたので、警備のおじさんに、「そこは入られへんよ!。患者さん?病気?まだ開いてないよ、森之宮に行かんと。」から、「駅まで濡れずに行けるんやで〜」など、色々と話しかけられました。「最新鋭の病院やから、もうみんな大丈夫や!あっちの重粒子なんやらも凄いで!」と誇らし気。沖縄で問題発言した大阪府警の隣なので、これこそが大阪のおっちゃんや!沖縄で暴言したのは、ほんまに大阪人とちゃうやろ?と思いました。もちろんゼネコンの中年警備員と、大阪府警のヤング機動隊は違うわけですが・・。大阪人なら「僕らも仕事やねん。気持ちわかるけど、かんにんしてや。」てなことを言って欲しかったね。

 

【追記】2017年11月に新病院の記事:大阪国際がんセンターさん「ありがとう」を加えました。

また運営中の地域情報サイト「北摂なび.com」内に大阪国際がんセンターのページを加えました。

*病院のある大手前は北摂ではないが、広い地域の人に関わりのある病院なので特別に掲載しています。
それにしても、4回も大阪府立成人病センターに入院するなんて、思いもよらない体験でした。
よくぞ新しい病院を見るまで、無事に命があった事だと、いろんなシーンを思い出します(涙)。。。

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at 10:17, inking, 病院,患者会,治療

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『星への手紙』北原敏直詩集

---以前の記事ですが、自分自身が時々見返したいし、検索も多いので上に表示されるようにしています。---
---2010.05.23---


ふとした事から、筋ジストロフィーで15歳でこの世を去った少年、北原敏直君の事を知りました。検索をしてみると、いくつかのブログで彼の詩と、一度は生きる望みを失って絶食を試み、お母様と看護師さんの真心を知って思い直したエピソードが紹介されていました。本当にはっとするような美しい詩です。彼の詩集『星への手紙』は、今は書店やアマゾンでは扱っていないのですが、図書館にありました。彼は短い人生の中で自分の役目を立派に果たしています。こんな詩を残してくれて、ありがとう。

きにしないこと
空の雲のように
どこに流されようと
草花のように
たとえ一年の命でも


15歳の少年が,こんな禅宗の高僧のような心になるまでに、どれだけ涙を流したでしょう。
また、こうも記しています。

「今の僕には、心の支えがあります。
 明日への大きな夢もまた限りありません。
 雪に対しても新しい見方が出来るのです。
 <中略>
 ぼくのゆめは雪のようにきれいに生きることです。


詩集『星への手紙』北原敏直:著、石田 皎:編(1974年、新書館:刊)より。
※石田 皎先生は、この他にも多くの患者(主に筋ジストロフィー)の出版を助けておられます。
 
みなとの空
--- image 空の雲 (夕暮れの大阪港) ---
 
彼の言葉は普段幹に見えている事が枝葉であり、幹は「きにしないこと/空の雲のように/どこに流されようと」だと教えてくれています。そして根は、「雪のようにきれいに生きる」ことだと。こんな気持ちが無ければ、生死の境界線上で、自分の命を見つめることもできない事を。
 
彼のように凝縮した期間ではなくとも、それぞれに与えられた一生に限りがある事は、結局誰しも同じですね。それなのに、人が教育を受ける期間中、学校自体が早期から、有名大学経由の恵まれた就職先を目指す競争の主体になったり、スポーツ界など特定分野での成功を讃えたりしているのが不思議。誰もが、一番大切な事を見過ごして、他の事で頭が一杯になっている。
(私自身、入退院を繰り返し転移や再発の恐怖感が大きかった時、諦観は持たざるを得なかったけれど、こんな奇麗な気持ちでは無かった…教えられました。)

 この他にも次のような詩があります。現在絶版になっているので、引用としては多いかもしれませんが、紹介させて頂きます。

生きているんだ

   この一日 きょうも
   自然は みゃくうつ
   野のかたわらでは花がさき
   朝の光の中ではせみが生まれる。
   そうだ 生きているんだ
   空が 大地が 地球が
   そして ぼくも


わけてあげよう

   よろこびを感じたら
   ほかの人にも
   わけてあげよう
   人生なんて短いから
   自分なんて点のようだから
   一人でも多く
   よろこばしてあげよう
   わけてあげよう
   ちりのような
   もっともっと
   空気の分子のような
   小さなよろこびを
   一人一人に
   わけてあげよう
   ああ早くしないと
   人生がつきてしまう
   点のような自分が
   けしゴムで消すように
   きえてしまう
   今感じているよろこびも
   むだにはできない


目ざめ

   神様を知った時
   心のおくそこで
   なにか小さなものが
   光をはなちはじめた
   それはなみだのごとく
   愛の色にみちていた
   ああそれはきっと
   いまにふくらんでいくのでしょう
   神の心をはなちながら
   その時こそ ぼくは生まれかわるのです
   すなつぶのように
   こまかな波のように



【参考論文(PDF)】
・伝道上からみた仏教教理の臨床的考察:
 北原敏直詩集『星への手紙』をふまえて(皆川広義)
 《国立情報学研究所CiNii》[本文PDF]をクリックして下さい。
 (北原君の幼少時から亡くなるまでの経過と、多数の詩が紹介されています。駒沢大学仏教学部の論文ですが、宗教色は強くなく、  大変読みやすく書かれています。選ばれている詩もすばらしい、貴重な論文です。)

【参照させて頂いたブログ、エッセイ】
 脊髄小脳変性症を友として
 星になった少年
---2010.05.23---
JUGEMテーマ:読書

at 00:19, inking, 心に残ること・人・サイト

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前頭洞嚢胞開放手術

1月28日に入院し、2月5日に退院しました。8日間の別荘避難です。手術の名前は先生からは、特に教えてもらいませんでしたが、「前頭洞嚢胞開放手術」だろうと思います。何か固い名前で説明せずに、おでこの中の空洞に少し道をつけるような手術、というソフトな説明でした。12年ぶりに大阪府立成人病センターにカムバックです。昔からの看護師さんや、先生がおられたので懐かしかったです。建物はとても古くて、最初に来た時は「見ただけで気が滅入る」という感じの建物でしたが、慣れるものですね。

手術は入院日の次の日で、手術室まで歩いて行って「はい気分がぼやっとしますよ」と、言われたところまでは覚えているが、イチコロに麻酔が効いて気づいた時は、元のベッドにいました。

今回の入院で感動したのは、食事が劇的に良くなっていた事でした。

もっと他の事も感じなかったのか?!・・・いえ、癌そのものと、まさに闘病中の方が多いわけなので、いろんな事を思いましたが、それはまたボチボチと書くつもりです。

とりあえず、患者を元気づけるには食事!業者が変わったのか、厨房責任者が交代したのか、判りませんが改善ではなく、チェンジという感じを受けました。果物一つでも缶詰ではなく、フレッシュフルーツというだけで嬉しい。
 
節分
節分の日の夕食:お汁椀の右は、揚げ出し豆腐のつゆ

昼食
普通の昼食
 

at 18:30, inking, 治療経過の概略

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MRIの結果:嚢胞との診断

昨日は成人病センターに息子も付いて行ってくれた。ドキドキしながら主治医の説明を受けると、「嚢胞」という聞きなれないものだった。体液がたまって、それが骨を壊したりするって、普通は思いもしないことだが、おでこの裏側の骨がほとんどなくなっている部分がある(紙のような薄さ)。昨日まで、半分以上は大丈夫(悪性ではないだろう)とは思いながら、やはり最悪の事態もあり得ると気が重かったのは一応解消で、晴れ間が見えた。
でも1月にまた全身麻酔の手術を受けることになり、もともと年末の諸雑事がたまっているのに加えて、事前の検査などが加わって、気分は、ほぼ梅雨空のような状態。大雨ではなくてよかったではないか!と思うものの・・やはり梅雨空にもため息が出る。(認知症で理解できない親族数人から、あれこれ要求があるだろうし)

嚢胞を調べてみて、骨を破壊することもあると解った。
MEDLEY
---引用---
副鼻腔のう胞とは?
副鼻腔(顔の骨にある空洞)にのう胞が生じ、それが大きくなりながら骨を圧迫したり、壊したりする
以下のことが原因で起こる
感染などの炎症
外傷
手術
手術後発生するものが全体の2/3を占める
残りの1/3は原因不明
経過がゆっくりで、症状が出るのはだいぶ進行してからとなる
---引用終り---

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at 09:38, inking, 治療経過の概略

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CT検査の結果、再び、まな板の鯉になった。

 11月17日(火)診察、直前に撮ったCTで、たぶん左の前頭洞に非常に骨が薄くなって、脳との境界が無いぐらいになってるのを見せられました。骨が無いとしたらどうなるんでしょうと尋ねると、薄い膜のようなものがあるはずとの事。成人病センターにかかって以来、初めてカンファレンス予定(来院不要)も含まれた、詳しい予約票をもらいました。第一回目のカンファレンス後に、別の検査が入る可能性もあるとの事でした。でもそれは無く、無事数日過ぎたので少しは緊急性が少ないのだろうと、安堵。春ごろに、PETに影(光)も写っていたのだが、その次のCTでは異常なしだったので、安心しすぎていた。
 2004年春に病気に気づいて初めてのMRIを受けた時、症状のあった左の頬以外に、自覚症状のない右の前頭洞にも、大きな影があった。そのために第一回目の手術時に、左副鼻腔だけでなく、右側の眉の部分の頭蓋骨にも、穴を開けて検査する必要性があった(前頭洞は良性)。今度もそれをして良性でOKかもしれないが、悪性だと目の上の骨を切除する事になるか、放射線治療か・・でも目のすぐそばだし、一度放射線をかけた部位のすぐそばで、可能かどうか・・。12月初めのMRIの後、15日に結果を聞くけれど、、。まな板の上の鯉。または、極刑か、島流しか、特赦かと祈るような気持ち。しかし、いろんな検査方法が発達して、それだけ素早く対処してもらえていると、感謝すべきかも・・にしても10年たてば安心するでしょ?大体は。でも入院中に、13年目に再発という人にも会ったことがある。人生って常に予想の出来ない事と隣合わせだと、しみじみ感じました。
 こんなどうしようもない事に出会った時に、1997年3月1日に、長年住んだ家の前であった事件を思い出します。そもそもは誰にも責任はなく、加害者のご主人が難病で亡くなったり、娘婿が突然死されるなどの不運が降りかかり、愛すべき人柄だった主婦が精神に異常を来して、親しい隣人を殺害するに至った。新聞には「2人の間にトラブル?」と書かれたが、お2人の人柄からして、それは的外れ。自分ばかりに不運が重なった、精神的な負担に耐えきれず、爆発した。実家は2人の家の向かいにあったが、そこから引っ越して間もなくの思いがけない出来事で、母は仲良し3人組だった長年の友人を一度に失った。良妻賢母のお手本のような穏やかな方(被害者)は、恐らく何が起こったかわからないまま昇天されたと思う。人生の難題は、自分の注意で避けられたり、解決できる事もあり、それは注意事項や試練と前向きに考えるべきだろうが、訳もなく降りかかるトラブルを不運と言う。


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at 12:27, inking, 治療経過の概略

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