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大阪国際がんセンター 2

前回、と言っても約半年前ですが、大阪国際ガンセンターの外観と周辺環境を中心に書いたので、今回は内部を中心に続報を書いてみます。2018年春に、病院に近接する重粒子センターも動き始めて心強いです。

 

玄関

玄関

 

ホール

ロビー

 

エスカレーター

エスカレーターのある吹き抜けも広々しています。

 

2階

外来受付前

 

説明

PHS貸し出しでメール呼び出しサービスがあるらしい

(私は使わずに診察室前で待っていましたが、席を外していても良いようになってます)

 

返却

携帯の返却BOX

 

カフェ

カフェとコンビニがあり、他にレストランもあります。

 

会計

カフェ内部に診察待ちの状況が解る、ディスプレイがあります。

会計は以前からこういうディスプレイが使われていたが、

診察の進行状況が解るのは便利。

 

地下鉄

地下鉄「谷町4丁目駅」まで、地下通路が繋がっているので、

北方向へ帰る人はやや遠回りになるが、雨の日は濡れずに行けて助かるでしょう。

 

自分が最初に、大阪府立成人病センターに行って以来14年ですが、病院本体は老朽化して、隣に「健康増進センター」という用途不明瞭な新築ビル(後に閉鎖)のあった成人病センター時代から見ると、夢のようにスッキリした状態になりました。

また大阪城天守閣がそばにあるのが、やっぱり好きだなあ。

入院は嬉しい事ではないが、病室からは天守閣が見えるという、この建物とロケーションは患者を大いに助けてくれると思う。

 

大阪国際がんセンター 公式サイト

■ アクセス(PDF)

 

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at 08:53, inking, 治療経過の概略と病院

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●美しい地球

地球の様々な様子を俯瞰した動画を見つけて、時々フルスクリーンで見ています。
こんなにも美しい地球。互いに血を流す事に繋がる争いは、何としても避けるようにしてほしい。
※この動画を、自分が見直しやすいように上に表示しています。
そのほか時々見直したい記事を「心に残ること・人・サイト」カテゴリーに入れています。
★下記*は、自分で時々見返しているページです。
*『心に残る、こと・人・サイト』(カテゴリー)
★がんの検索で来てくださった方へ。
*『治療経過の概略』(カテゴリー) 
 

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at 12:24, inking, 心に残ること・人・サイト

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大阪国際がんセンターさん「ありがとう」

半年ぶりに『大阪国際がんセンター』に、受診のため行きました。

ブログは、なんと1年ぶりですが、5月にも診察はあったので通院は半年ぶりです。いつも通り、ファイバーカメラで副鼻腔を診てもらってOK!、次の予約は、「1年後で良いですよ」。正直嬉しい!一年に一回なんて普通の人でも、健康診断を受ける回数だもの。

不安いっぱいで、紹介状を持って森ノ宮の古い病院の入り口を恐る恐る入った時を思い出すと、何人もの先生や看護師さんにお世話になった。心から「ありがとう」と感謝します。

今まではCTも定期的に指示されていたが、今回は「撮っておきますか?」ということだったので、ちょっと考えて、「今回は止めときます」。だってだいぶ撮ってるもの。約2年前の嚢胞の手術以前は、たぶんそこ(上顎洞)の観察のために撮ることになっていたのだと思う。だから先生の方から、次はいついつCTをと指示があった。別に自覚症状がなかったので、手術をすることになっても半信半疑でいたが、そのしばらく後に強烈に痛くなって、空き次第となっていた曖昧な予定を、大至急とお願いして、すぐに入院させてもらった。もしCTを撮っていなかったら、突然の激痛に驚くはずで、CTが有用なものだとわかるが、やはり被曝するのだろうから、なるべく間隔は開けるようにしようと思う。放射線治療とその後の半年〜1年に一回のCTのため、相当に被曝済みなのだから。

それにしても、以前の大阪府立成人病センターの時と同じ病院なのに、建物によってこんなに気分が違うとつくづく思いました。新しい病院は、病室から遮るものがなく天守閣が真正面に見えるとニュースにあったが、それは素晴らしいと思う。診察室のあるフロアは低層階だし、方向も違うので天守閣は見えないですが、明るく広々している。他の患者さんと先生の話し声などは聞こえようがありません。「大阪府立成人病センター」時代も、何回かの改装で改善されましたが、2004年頃はカーテンだった時もあって、つい涙してしまうような悲しい話が聞こえたこともありました。本当に環境って大切!

周辺部を含めて写真を撮ってきたので、何回かに分けて載せますね。

今日はとりあえず、外観とほんの周囲だけ。

私の運営している地域情報サイト「北摂なび.com」に内部などを含めた画像を載せていますので、よろしければご覧下さい。

*病院のある大手前は北摂ではないが、広い地域の人に関わりのある病院なので特別に掲載。

 

大阪城

天満橋から行くと途中にちらりと大阪城天守閣が見えます。

 

がんセンター

上層階が入院用の病棟です明るそう。

 

重粒子

大阪城側の大阪重粒子センターも2018年開業予定。

 

堀

大阪城の堀越しにOBPの高層ビル群が見えます。

 

○病院内部、通院帰りに寄り道などなど、続きはまた少しずつ書き加えます。

 

【患者会のHP紹介】

会場:両会共に大阪国際がんセンター

「1・3・5」の会
どの部位のがんでも、また病院がどこの患者さんでも入会できます。

口腔・咽頭がん患者会

頭頸部がんの患者会、病院はどこの患者さんでも入会できます。

 

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at 13:19, inking, 治療経過の概略と病院

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永山裕子さんの水彩画と「黒い瞳」

水彩画家の永山裕子さんのFBで、永山作品と「黒い瞳」を編集した動画を見ていたら、なんと、これはロシアの90歳の女性が(Maria Krutikovaさん)作成された動画だとのことでした。フルスクリーンにすると、絵の中の空間に引き込まれて、現実を忘れられる。
3月に受けたPET検査と血液検査の結果を聞きました。元の患部が光ってるとのことで、5月にCTも受け、その結果によっては生検もすることに・・・。花粉症だから炎症になっているせいだったらいいんだけどね。右頸部のリンパ節もいつも腫れているので、エコー検査をして、生検のためにチクっと針を刺されました。その結果は5月末の診察で知らされます。3度目の退院が2005年の事だから、もう10年も経つのに・・いい加減に、病院との長くて深いお付き合いから開放してほしいけど、検査をサボって再発したら誰も面倒見てくれないもんね。
帰ってから、この動画を見て、一時夢の世界に・・永山裕子さんと、動画作者に感謝。
-----2015/04/14の記事:時々見たいので移動したりしています。-----

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at 23:30, inking, 心に残ること・人・サイト

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2017年4月に大阪国際がんセンターがOPEN!

大阪府立成人病センターで、久しぶりの診察でした。最近後遺症の範囲が狭まった代わりにり、回復で敏感になったせいか、痛みやこわばりは強く感じていて、他の疲れがあったりする日は辛い。だけど、これは通常のことなので、診察室ではとりたてて言わないことが多く、「どうですか、変わりないですか?」「ハイ、特に変わりないです。」というやり取りをしてしまいます。頚部のリンパ節の腫れ具合もあまり変わらないのですが、必ず触診されます。そして、ファイバーで鼻の内部を見てもらいます。自分では見れないし、入院中に(まだ治療を始めたばかりの頃)、副主治医のU先生に「見られますか?」と聞いてもらったけど、チラと見ただけで、恐ろしくて「いえ、いいです。」と答えてしまった。いつも通り、会計をして帰るときに、ふと総合カウンターの方に、移転するんですよねと聞いてみました。そしたら、「建物は、もう出来てるんですよ。あと準備だけ!」となんだか嬉しそうな感じで、模型の置いてある場所を教えてもらいました(玄関と入院予約窓口の間)。チラシももらったので、できているなら帰り道だし、途中下車して見てみようと、寄り道しました。オオ!本当に建物は出来ている。各病室に自然光を取り入れるためか、ナースセンターから多数の病室を見通すためか、十字型を斜めに二つ並べたような、複雑な形になってます。2016年11月竣工、2017年4月開院予定。

新しく、新鮮な感じで「さあ病気をやっつけるぞ!」という気持ちになれそうです。なにしろ今の建物に初めて行ったときは、暗い感じにもショックを受けました。その後10年の間には、少しずつ改装されて、ああ営繕担当の方は頑張っておられるなあと思いましたが、全体の印象は「古びたグレー」から「ちょっと明るい目のグレー」に変わっただけ。

もう一回、旧い病院で診察予定ですが、2017年4月以降は新病院です。

航空写真

大阪国際がんセンターは大阪城天守閣が見える位置!

(これは入院患者には慰めになるね!)

断面図

大阪国際がんセンター断面図

新病院

大阪国際がんセンター北側外観

(設計:日本設計・施工:竹中工務店)

重粒子

大阪城公園側に、重粒子治療施設を建設中です(2018年竣工予定)

(設計:日建設計・施工:鹿島)

写真を撮ったりしていたので、警備のおじさんに、「そこは入られへんよ!。患者さん?病気?まだ開いてないよ、森之宮に行かんと。」から、「駅まで濡れずに行けるんやで〜」など、色々と話しかけられました。「最新鋭の病院やから、もうみんな大丈夫や!あっちの重粒子なんやらも凄いで!」と誇らし気。沖縄で問題発言した大阪府警の隣なので、これこそが大阪のおっちゃんや!沖縄で暴言したのは、ほんまに大阪人とちゃうやろ?と思いました。もちろんゼネコンの中年警備員と、大阪府警のヤング機動隊は違うわけですが・・。大阪人なら「僕らも仕事やねん。気持ちわかるけど、かんにんしてや。」てなことを言って欲しかったね。

 

【追記】2017年11月に新病院の記事:大阪国際がんセンターさん「ありがとう」を加えました。

また運営中の地域情報サイト「北摂なび.com」内に大阪国際がんセンターのページを加えました。

*病院のある大手前は北摂ではないが、広い地域の人に関わりのある病院なので特別に掲載しています。
それにしても、4回も大阪府立成人病センターに入院するなんて、思いもよらない体験でした。
よくぞ新しい病院を見るまで、無事に命があった事だと、いろんなシーンを思い出します(涙)。。。

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at 10:17, inking, 医療関連の情報

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『星への手紙』北原敏直詩集

---以前の記事ですが、自分自身が時々見返したいし、検索も多いので上に表示されるようにしています。---
---2010.05.23---


ふとした事から、筋ジストロフィーで15歳でこの世を去った少年、北原敏直君の事を知りました。検索をしてみると、いくつかのブログで彼の詩と、一度は生きる望みを失って絶食を試み、お母様と看護師さんの真心を知って思い直したエピソードが紹介されていました。本当にはっとするような美しい詩です。彼の詩集『星への手紙』は、今は書店やアマゾンでは扱っていないのですが、図書館にありました。彼は短い人生の中で自分の役目を立派に果たしています。こんな詩を残してくれて、ありがとう。

きにしないこと
空の雲のように
どこに流されようと
草花のように
たとえ一年の命でも


15歳の少年が,こんな禅宗の高僧のような心になるまでに、どれだけ涙を流したでしょう。
また、こうも記しています。

「今の僕には、心の支えがあります。
 明日への大きな夢もまた限りありません。
 雪に対しても新しい見方が出来るのです。
 <中略>
 ぼくのゆめは雪のようにきれいに生きることです。


詩集『星への手紙』北原敏直:著、石田 皎:編(1974年、新書館:刊)より。
※石田 皎先生は、この他にも多くの患者(主に筋ジストロフィー)の出版を助けておられます。
 
みなとの空
--- image 空の雲 (夕暮れの大阪港) ---
 
彼の言葉は普段幹に見えている事が枝葉であり、幹は「きにしないこと/空の雲のように/どこに流されようと」だと教えてくれています。そして根は、「雪のようにきれいに生きる」ことだと。こんな気持ちが無ければ、生死の境界線上で、自分の命を見つめることもできない事を。
 
彼のように凝縮した期間ではなくとも、それぞれに与えられた一生に限りがある事は、結局誰しも同じですね。それなのに、人が教育を受ける期間中、学校自体が早期から、有名大学経由の恵まれた就職先を目指す競争の主体になったり、スポーツ界など特定分野での成功を讃えたりしているのが不思議。誰もが、一番大切な事を見過ごして、他の事で頭が一杯になっている。
(私自身、入退院を繰り返し転移や再発の恐怖感が大きかった時、諦観は持たざるを得なかったけれど、こんな奇麗な気持ちでは無かった…教えられました。)

 この他にも次のような詩があります。現在絶版になっているので、引用としては多いかもしれませんが、紹介させて頂きます。

生きているんだ

   この一日 きょうも
   自然は みゃくうつ
   野のかたわらでは花がさき
   朝の光の中ではせみが生まれる。
   そうだ 生きているんだ
   空が 大地が 地球が
   そして ぼくも


わけてあげよう

   よろこびを感じたら
   ほかの人にも
   わけてあげよう
   人生なんて短いから
   自分なんて点のようだから
   一人でも多く
   よろこばしてあげよう
   わけてあげよう
   ちりのような
   もっともっと
   空気の分子のような
   小さなよろこびを
   一人一人に
   わけてあげよう
   ああ早くしないと
   人生がつきてしまう
   点のような自分が
   けしゴムで消すように
   きえてしまう
   今感じているよろこびも
   むだにはできない


目ざめ

   神様を知った時
   心のおくそこで
   なにか小さなものが
   光をはなちはじめた
   それはなみだのごとく
   愛の色にみちていた
   ああそれはきっと
   いまにふくらんでいくのでしょう
   神の心をはなちながら
   その時こそ ぼくは生まれかわるのです
   すなつぶのように
   こまかな波のように



【参考論文(PDF)】
・伝道上からみた仏教教理の臨床的考察:
 北原敏直詩集『星への手紙』をふまえて(皆川広義)
 《国立情報学研究所CiNii》[本文PDF]をクリックして下さい。
 (北原君の幼少時から亡くなるまでの経過と、多数の詩が紹介されています。駒沢大学仏教学部の論文ですが、宗教色は強くなく、  大変読みやすく書かれています。選ばれている詩もすばらしい、貴重な論文です。)

【参照させて頂いたブログ、エッセイ】
 脊髄小脳変性症を友として
 星になった少年
---2010.05.23---
JUGEMテーマ:読書

at 00:19, inking, 心に残ること・人・サイト

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前頭洞嚢胞開放手術

1月28日に入院し、2月5日に退院しました。8日間の別荘避難です。手術の名前は先生からは、特に教えてもらいませんでしたが、「前頭洞嚢胞開放手術」だろうと思います。何か固い名前で説明せずに、おでこの中の空洞に少し道をつけるような手術、というソフトな説明でした。12年ぶりに大阪府立成人病センターにカムバックです。昔からの看護師さんや、先生がおられたので懐かしかったです。建物はとても古くて、最初に来た時は「見ただけで気が滅入る」という感じの建物でしたが、慣れるものですね。

手術は入院日の次の日で、手術室まで歩いて行って「はい気分がぼやっとしますよ」と、言われたところまでは覚えているが、イチコロに麻酔が効いて気づいた時は、元のベッドにいました。

今回の入院で感動したのは、食事が劇的に良くなっていた事でした。

もっと他の事も感じなかったのか?!・・・いえ、癌そのものと、まさに闘病中の方が多いわけなので、いろんな事を思いましたが、それはまたボチボチと書くつもりです。

とりあえず、患者を元気づけるには食事!業者が変わったのか、厨房責任者が交代したのか、判りませんが改善ではなく、チェンジという感じを受けました。果物一つでも缶詰ではなく、フレッシュフルーツというだけで嬉しい。
 
節分
節分の日の夕食:お汁椀の右は、揚げ出し豆腐のつゆ

昼食
普通の昼食
 

at 18:30, inking, 治療経過の概略と病院

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